ビリヤードと保育の日々

保育しながらの気づきや、ビリヤードのことを綴ってます。

勝手に育つ〜保育論15〜

前置きしておくが、放置や、ネグレクトのような意味合いではない。

まぁ、それでも育ってしまうのも事実だが、それを肯定は決してしない。

ついこの間、子どもたちのドッジボール大会があった。

毎年夏休みに行われており、毎年私も子どもたちの練習に協力している。

今年は嫌な暑さの長続きや、練習場所の確保の関係で、なかなか練習できなかった。

しかしいざ本番、今まで支援した内容はもちろん、そうでないことまで内容に表してくれた。

一瞬のひらめきというか、一瞬で過去の点が結びつき、線になったというか。

いや、それどころか私の頭になかった工夫までしてみせた。

そして優勝までしてしまった。

 

そう、子どもはプリミティブにひらめき、超高度な次元にいってしまう。

子どもには、感受性の乏しくなった大人ではたどり着けない境地がある。